「お姉ちゃんはこの時期、もう決めてた」と言ってしまった夜――上の子の受験を下の子にあてはめないための3つの視点
この記事は、すでに上のお子さんの大学受験を経験した保護者の方に向けて書いています。「一度やったから今回は大丈夫」と思っていたのに、下のお子さんの受験がまるで違う進み方をしていて戸惑っている――そんな9月の迷いに、少しだけ補助線を引ければと思います。
上の子のときは、9月にはもう志望校がおおよそ固まっていた。過去問を買いに行ったのもこの時期だった。だから同じ感覚で下の子に「そろそろ決めないと」と言ったら、返ってきたのは沈黙だった。あるいは「お姉ちゃんと一緒にしないで」という、少し尖った声だった。
そのあと、言わなければよかったと思う。でも、心のどこかでは「でも、あのときはそうだったし」という気持ちも残っている。この両方を抱えているのは、決して珍しいことではありません。むしろ、2人目・3人目の受験に向き合う多くのご家庭が通る場所です。
1. 「経験がある」ことは、強みにも重しにもなる

上のお子さんの受験を通り抜けた保護者の方は、確実に多くのことをご存じです。出願の流れ、模試の見方、直前期の空気、あの独特の疲れ方。初めての受験に臨むご家庭と比べれば、圧倒的に見通しが立っています。これは間違いなく強みです。
ただ、その経験が「基準」として働き始めると、少し様子が変わってきます。頭の中に「9月にはここまで進んでいるはず」という一本の物差しができあがり、下のお子さんの現在地が、その物差しのどこにあるかで測られるようになるからです。
そして、この物差しはたいてい厳しめに出来ています。記憶は都合よく整理されるもので、上のお子さんが迷っていた日や、動けなかった週末のことは薄れ、「ちゃんと進んでいた時期」の像だけが残りやすいのです。つまり、実際の上のお子さんより少し優秀な「記憶の中の上の子」と、今まさに悩んでいる下のお子さんが比べられている、ということが起こります。
これは親の愛情が足りないから起きることではありません。人間の記憶の仕組み上、どうしてもそうなりやすい、というだけの話です。だからこそ、「今、自分は記憶の中の像と比べていないだろうか」と一度立ち止まるだけで、かなり景色が変わります。
そのうえで、経験を重しではなく強みとして使うには、「結論」ではなく「手続き」の部分だけを引き継ぐという考え方が有効です。出願サイトの操作、受験料の納入時期、宿泊の手配、体調を崩しやすいタイミング――こうした事務的・実務的な知識は、下のお子さんにもそのまま役立ちます。一方で「この時期には志望校が固まっているべき」「この科目は早めに捨てたほうがいい」といった判断の部分は、お子さんが違えば前提が変わります。引き継ぐものと、いったん手放すものを分けておく。それだけで、経験はぐっと使いやすくなります。
2. きょうだいで「受験の形」が違うのは、当たり前のこと

同じ家庭で育っても、お子さんによって受験の進み方は驚くほど異なります。これは能力の差というより、意思決定のスタイルの違いであることが多いようです。
早めに志望校を決めて、そこに向かって積み上げていくのが得意なお子さんがいます。目標が定まると力が出るタイプで、周囲からは「しっかりしている」と見えます。一方で、選択肢を絞りきらずに幅を保ったまま進み、直前期になって一気に決めるお子さんもいます。こちらは外から見ると「まだ決まっていない=遅れている」ように映りますが、本人の中では情報を集めている最中で、早く決めさせるとかえって力が出なくなることもあります。
入試方式によっても進み方は変わります。総合型選抜や学校推薦型選抜を視野に入れているなら、夏から秋にかけてが山場です。一般選抜一本なら、9月はまだ基礎固めの延長線上で、志望校の最終決定は年明けという流れも十分にあり得ます。上のお子さんと下のお子さんで選んだ方式が違えば、9月時点の「あるべき姿」もまったく別物になります。
さらに、学年や学校が違えば、周りの雰囲気も違います。上のお子さんのクラスは早くから受験モードだったけれど、下のお子さんのクラスは行事が盛り上がっていて、まだ空気が切り替わっていない。そういう外的な要因も、進み方には確実に影響します。
ですから「下の子が遅れている」と感じたとき、それが本当に遅れなのか、それともルートが違うだけなのかを、一度分けて考えてみる価値があります。遅れであれば手当てが要りますが、ルートの違いであれば、必要なのは待つことと、別の地図を用意することです。
3. 比較の言葉が出そうになったときの、3つの置き換え

とはいえ、日常の会話の中で比較の言葉はふいに出てきます。悪気なく出るからこそ厄介で、言ったあとに「あ」と思う。ここでは、出そうになった言葉を別の形に置き換える案を3つ挙げてみます。
①「お兄ちゃんはこの時期もう決めてた」→「今、何が一番引っかかってる?」
比較は、相手を過去の誰かと並べる言葉です。それを、今の本人の状態を聞く言葉に置き換えます。答えが返ってこなくても構いません。「あなたの話を聞こうとしている」という姿勢が伝わることのほうが、この時期は大きく効きます。
②「あのときはこうやってうまくいったよ」→「うちにはこういうやり方の記録があるけど、要る?」
上のお子さんの経験は、押しつけると重くなりますが、使うかどうかを本人が選べる形にすると資源に変わります。過去問のスケジュール表でも、出願時のメモでも構いません。「あるよ、要るなら渡すよ」という置き方であれば、断る自由が残ります。断られても、それは拒絶ではなく選択です。
③「なんでもっと早くやらないの」→「何か手伝えることある? なければ言わなくていい」
焦りから出る問いかけは、多くの場合お子さんにとって答えようのない質問です。過去を責める形ではなく、これからの選択肢を差し出す形に変えると、少なくとも会話が閉じません。後半の「なければ言わなくていい」は、返事の義務を外すための一言です。
3つに共通しているのは、上のお子さんを会話から退場させるという点です。上のお子さんは上のお子さんの受験を終えた人であって、今ここで下のお子さんが向き合っている入試の当事者ではありません。会話の中に登場させないだけで、下のお子さんは自分の話をしやすくなります。
それでも比べてしまう自分を、責めなくていい
ここまで書いてきましたが、比較をゼロにするのは現実的ではありません。同じ家で、同じ親が、同じように大切に育ててきたお子さんです。どうしたって重ねて見てしまいます。
大事なのは、比べてしまう自分を責めることではなく、比べた結果をお子さんの前に出さないこと、そして出てしまったときに「今のは違ったね」と一度だけ言えることではないでしょうか。訂正はきちんと届きます。言い直せる親であることのほうが、最初から完璧であることよりも、おそらく子供にとっては安心です。
また、上のお子さんの受験を経験しているご家庭ほど、「もう分かっているはずだから」と誰にも相談しないまま抱え込みやすい傾向もあります。実際には、お子さんが変われば受験は初めてのことだらけです。ご家庭だけで背負い込まず、第三者の視点を入れることも一つの方法です。勝つ塾でも保護者面談の場を設けており、きょうだいで進み方が違うご家庭のご相談は少なくありません。
9月は、まだ十分に時間があります。下のお子さんには下のお子さんの進み方があって、それは上のお子さんの道と同じでなくてもまったく構わない。そう思えた日から、家の中の空気は少し軽くなります。
